【連載】センセイ(うちの社長)を紹介します~Vol.5~

大場 千夏 Chinatsu Oba PR

2020.4.28

2020年4月1日に迎えたPIVOT設立20周年を記念して始めた、連載企画「センセイ(うちの社長)ってこんなひと」の今日はVol.5を発信します!

 

今回のテーマはズバリ…「センセイの社会人として歩み」!!PIVOTの社長になるまでにどんな仕事・経験をしてきたのか探ってみました!今では常に冷静で飄々とした(?)センセイにもフレッシュな時代があったのですね~(笑)

 

余談ですが-------------

 

そうそう、今年もPIVOTには6人の新卒メンバーが加わってくれました。また出会いの季節という事もあり、他にも多数のメンバーがPIVOTにjoinしてくれました。

 

しかし新型コロナウィルスの脅威の中で、対面でのコミュニケーションが難しいこの事態に、少しでも彼らに向けても、センセイをはじめ、PIVOTについて知ってもらえるといいな!という思いで更新をしています。

 

社内業務の効率の悪さが気になる新人

初めて就職した会社が事務系家具会社という話でしたが、そこではどんな仕事をしていたんですか?

 

簡単に言うと、CADを使った事務系家具の設計・製図。基本的には外形寸法が決まっているユニット家具だったこともあって、仕事は暇だった(笑)。

 

社員数も少なくて、新入社員の僕以外は、みんな父親世代くらいの社員だったな。人数が少ないから、設計職の僕も営業に同行したり、納品の際には現場で組み立てや設置までやったりして、それはそれで面白かったよ。

 

ユニット家具をつくる工場は北海道の室蘭にあって、東京でCADを使って設計した図面を室蘭に送って、マシンで切り出してつくるというやり方をしてたんだよね。画一的なサイズのユニット家具がほとんどだから、過去につくられたCADデータを新しい条件に合わせてアレンジして図面をつくるワケ。効率がいいから。

 

過去のCADデータは、5インチフロッピーディスク(FD)に保存されていて、何千枚ものFDの中から新たにつくる家具のベースになるCADデータを探し出さなきゃいけない。ベテラン社員はひょいっと該当するFDを選び出せるんだけど、新人の僕には探し出すこと自体がひと苦労。「なんでこんな効率の悪い管理方法なの?」と、ずっと思っていた。

 

 

HDDでのデータベース構築を提案し、“独り情シス”状態に

ほとんど残業もなくて、仕事自体は暇だったこともあって、ちょうど興味を持ち始めていたコンピュータとかインターネットとかを、自分なりに勉強していた頃。

 

「これだけ大量のデータを管理するなら、ハードディスクを使ったほうが圧倒的に便利ですよ」と、社内で提案をしてみたの。ハードディスク(HDD)で管理すれば、検索をかけて簡単に必要なデータが探せるし、コンピュータ同士をネットワークで結べば、複数の人がひとつの設計を行う時にも便利だし、データを一元管理することで誰もが同じファイルを共有できるし…。コスト的にどのくらいの費用感かも調べて、プレゼンしてみたの。

 

そうしたら、親会社も理解してくれて、CADデータのデータベース化にOKが出た。今思えば、若手社員のそんな提案を通すなんて、会社としてもなかなか思い切った決断をしたなと感心するね~(笑)。

 

本来の仕事である設計とは違う、会社の業務効率化を、勝手に情報システム部門担当になって推進することに。PCの設定から配線工事なんかも、全部自分でやって。「あー、自分ってこういうこと好きなんだなあ」と、あらためて実感したね。

 

東京-室蘭間でCADデータ転送を実現するため、インターネットを導入

CADでつくる図面だから、当然電子データ。でも室蘭の工場へは、その図面データをプロッターで「大判印刷して郵送」していた。

 

一方室蘭の工場には、コンピュータで木材を切り出すようなシステムが導入されて、郵送されてきた印刷図面を、再度コンピュータに入力していたんだよ!!めちゃめちゃ非効率でしょ!そんなの。電子データなんだから、そのまま電子データで工場に送ればいいのに…って思うでしょ。

 

だから、圧倒的に効率が良くなることを説明して、会社にインターネットを導入させたんだ。室蘭に出張して、インターネットの設定もやったりして。元々、設計者として入ったけれど、期せずして“情報システム”みたいな経験を積めたことが、現在につながっているし、ベースになっているかな。

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何もないところから何かをつくったり、自分の知識や身に付けた技術とかで効率化したり、その後の仕事に大きく影響することを経験させてもらった。今思うと、ホント感謝しかないよ、その会社には。

 

 

↑↑↑CADのプロッター

 

その会社で鈴木さんと出会ったんですよね?

 

そう。系列の別会社に彼女がいて。時々顔を合わせることがあって、お互いにパソコンとか、まだインターネット環境の前のパソコン通信・ニフティサーブとか、共通の興味があったからよく話をするようになった。

 

その当時、インターネットのことを話し合えるような相手はほとんどいなかったし、しかも女性は珍しくて、割とすぐ意気投合して。会社の社員旅行があって、そこから付き合うようになったかな。

 

センセイは、初めの会社には何年いたんですか?そしてその後は?

 

3年くらいいて辞めた。僕が辞める前に、鈴木は辞めて独立していて、フリーで仕事をしてた。僕は会社が終わってから彼女たちの仕事を手伝ったり、Windowsパソコンのメンテをやったり、この連載企画の第1回で書いてあるようなことをやってて。

 

そんな時、東急グループのWebの仕事を鈴木が取ってきて、Webのプログラミングが必要だとなって、HTMLとかJavaScriptのことが多少わかっていた僕に白羽の矢が立ったの。それで、週1回夜に開催されていたWebプログラミングの学校に通わせてもらって、概要くらいはわかるようになったかな。

 

当時、Web業界の最先端の人たちがやっていた『Webデザインメーリングリスト』というのを講読していたんだけど、そこにある会社の求人情報が流れてきたのをたまたま見つけて。それが、転職先となったパナソニックデジタルネットワークサーブという会社で。

 

面接の席で、Webプログラミングの勉強をしたことや、独り情シスみたいなことをやった話をしたら、雇ってもらえることになって、自分でもびっくりしたよ。パナソニックに就職できるなんて。​​​​​​​

 

 

 

家具会社で、なぜか情シスみたいなことをやり始め、鈴木さんとの出会いでWebプログラミングの知識も得て、パナソニックへ転職…。

 

その間3年。普通の新入社員が過ごす3年間とはだいぶ違う、なかなか濃い時間だったようですね(笑)

 

 

転職先であるパナソニックデジタルネットサーブでの話は、また次回に!!

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